• みこべ

マラソンあれこれ

 寒い日が続いています。「外から入る時は手洗いをお願いします」と書いた紙が入口に下がっていますが、あまりにも気温が低いと水道が凍ってしまいます。

井戸水はずっと流れていますから、そんな朝はビオトープそばの井戸水でどうぞ~。井戸のお水は温かいです。井戸水は一年中水温が変わらないので、冬は温かく夏は冷たいのですね。これからもっともっと気温が下がると、園庭に流れている小川の水はどうなるでしょうね?浅いところは凍っちゃうのかしら?寒くてもいっぱい動いて、元気に遊びましょう。


 例年だと、冬の一番寒い時期に朝のマラソンが始まります。雲ぐみ以上の子達が、目久尻川沿いに約1.5キロメートルを走る様子は、この辺りの冬の名物になっていました。小さい3才児が寒くて泣きながら走っていると、ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんが「えらいね~、泣かないで頑張るんだよ」などと声をかけて応援して下さることも多かったのですが、今年はコロナ禍の為、例年のようには走れていません。いろいろ試行錯誤した結果、水源さんまでお散歩に行って、上の運動原っぱで走ってみることにしました。一周500メートルのコースで一回走ってみて、さすがに広すぎたので、二日目はシートを3か所に分けて置いて、半周のコースを作ってみました。そしたら、それぞれのシートで水筒のお水を飲んだり休憩したりする子も出て、「ここは休憩所ではありません」なんて言われて大笑い。何度かやってみるうちにいいやり方を発見すると思います。まだ小さい子も一緒のぐるぐるマラソンですが、毎年走っている目久尻川沿いも走ってみたいね!と大人達は思っています。あのコースは今から思うと絶妙によくできているコースで、前を走っている子を目標に頑張ったり、川の向こう側を必死で走っている子の様子も見えたりするので、頑張りがいがあるのです。丘公園辺りでチビ達が応援してくれるのもうれしいですね。お天気のいい日のどこかで走ると思いますので、お便りをお楽しみにね。


 マラソンというとそれぞれ大人達はいろんなエピソードを覚えていて、「〇〇がいた時、あんなことがあったよね」とか「前日までダントツトップだったのに、当日熱がでちゃったね」とか、後ろの方で走っていたけどいつも一生懸命だった子の顔とか、川沿いの風景と共に忘れられません。 みこべの息子の話も、もう時効なので公表しちゃいますね。虹ぐみの時のことで、普段の練習ではトップグループの中で3~5番辺りだったから、いざ本番!の朝もすごく張り切って臨みました。一斉にスタートした子達の後ろからみこべもスタートして走っていくと、畑の方向から大泣きする声が…。(え?本番なのにどうしたんだろう~?)と思いながら近づいてみると、なんと我が息子ではありませんか。「泣いていないでしっかり走っておいで!」と声をかけて通り過ぎましたが、いったい何があったのか分からないままゴール。次々と息を切らして走ってくる子を迎えましたが、いつまでたっても息子の姿がみえません。みんなしてヤキモキしながら待つこと20分あまり…。最後に息子と走ってきた職員の話によると、勢いよく飛び出したものの、本番当日みんなの気合がものすごくて、あっという間に抜かれてしまい、(こんなはずじゃなかった)と思って大泣きしたのではないか…とのこと。おまけに泣いているうちに〇ンチもしたくなったそうな。やれやれ、とんだマラソン本番になりました(笑)もう成人して父親になった息子ですが、その時のことを覚えているかしら…?


 のんちゃんによると、思い切り走って肺胞をしっかり開くことが大事で、たくさん走って身体の中からあったかくなって、厳しい寒さがそれぞれの子の恵みになります。冬のマラソンは頑張って走ってほしいけど、やみくもに鍛えているわけではないし、みんな一緒に走る楽しさや、チビ達の応援を喜んで力にする気持ちも大事にしたいなぁ~と思います。   (2021.2.3)

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43年前、自宅の一室でどこにも行き場のなかった6ヶ月の赤ちゃんをお預かりしたことから始めた麦っ子ですが、働く女性を支援する為に、どんな子も受け入れてきました。様々な事情のある子や周りとうまくいかない子など、泣きながら相談にきた家庭もたくさんあり、今でもその時々の親子の顔を忘れることはありません。アトピーがひどくて、どこにも受け入れてもらえなかった子達は、その後のアレルギー対応の食事に取り組むきっか